番外編 キスより簡単

第3部 あさきゆめみし




ピロピロピロ
ビキューン
ガガガ
加持さんの言葉に納得できるはずもなく、アスカはひとりゲーセンにいた。
気を紛らわせるためにUFO CHTCHERをやってみるものの集中なんて出来るわけない。
加持さんの優しさなんて嘘っぱちのものだ。本当は自分に魅力がないだけ。
少しでも気があるのなら我慢できないはず。男とはそういうもの。
だがアスカは男の気持ちなんて本当はまだ知らない。ミサトなら知っているのだろうか?
いいや知るわけない。ミサトは何にも考えてるはずない。ただ自分より早く加持さんと出会っただけ。
ただそれだけなのに・・・・
ボトッ
掴みかけていたサルのヌイグルミが落ちる。ヌイグルミなんかいらない。早く大人になりたい。
アスカは透明プラスチック板に映った自分に気づく
「なんで・・・?どうして?なんで急にうまくいかなくなっちゃったのよ」
もっと強く自由でありたかった。だがうまくいかない。自分の心でさえも。


「うおー激マブ」
「チョー好み」
「あ、ホント。アイドルみたい」
冴えない男の子3人が自分を見ている。アスカは少しお尻を上げてみた。
案の定男の子達はかがんでスカートを覗こうとしている。
誰かの一番になりたかった。でも一番じゃない。加持さんの一番は自分じゃない。ならば誰でもいい。
誰かに必要とされたい。カラダだけでも求められたい。アスカは少し腰を揺らして制服のスカートを
なびかせる
(声かけてきて欲しいな・・・・)
彼女ひとり?キミかわいいね。僕らと遊ばない?そう誘われてみたかった。
気分自分は特別だという証拠が欲しかった。ひどくふしだらでさみしい気分。
どうして心なんかいるのよ。邪魔なだけなのに・・・・
そんな時、頭によぎる顔。作文で自分のろくでもない事書いたバカの顔が
加持さんに触れられた時と同じようによぎってアスカをさみしそうに見てる。
「ScheiBe!」
それを振り払うかのようにUFO CHTCHERを蹴り上げる。
「ダメだ。すっごい性格悪そうだ」
男の子たちは向こうへ行ってしまった。
アスカはため息をついて出口へ向った。


外はもうすっかり暗かった。
このまま家に帰りたくないけれど、もう他に行く所もない。ヒカリにも顔を合わせ辛い。
探しにきてくれる人もいないし、家に来ないかと誘ってくれて手料理をご馳走してくれる
ボーイフレンドもいない。
自分が男のことで悩んで家出するなんて語るに落ちたなと思いつつ
マンガ喫茶にでも行ってうまい棒咥えながらこち亀でも読破しようと足を向けると、
ふとガードレールに座った見慣れたジャージ姿が目に止まった。
「鈴原・・・」
「惣流」
「どうしたの?こんなとこで」
「ちょっと・・・買い物」
「最近学校に来てなかったから、みんな少し心配してたのよ」
「ああ、大した事じゃあらへんねんけど、けどちょっと学校に行くのがかったるかったんでな」
そう言ってトウジは何か言いたげな目でアスカを見た
「なぁ、惣流。今日これから、うち来ィへんか?」
「え・・・・・・・」
「ほんまはおまえのこと待っとったんや。聞きたいことあんねん」
「ええっ・・・・」


「ふーーーくったくったぁ。どや結構いけたやろ。ワイのオリジナルカレー」
「うん・・・」
本当は味なんて味わってる余裕なぞなかったが、トウジの優しさが嬉しかった。
「ねぇ、聞きたい事ってまさかカレーの感想?」
トウジはちらりとアスカを見た。
「何やったかな。忘れてしもうた」
逃げるように流しへ向うトウジ。アスカは追った。
「片づけるの。手伝うわ」
家で一度もしたことがないのに、アスカは流しに立ち食器を洗う。危なっかしいアスカの手を
トウジはチラチラと見ている。
ザーという水の流れる音だけがする。
ミサトもシンジも心配しているだろうか?そう考えると少し胸がチクリと痛む。
誰もいないトウジの家で2人きりの自分・・・・
「う、うちのバカが心配してるかもしれないから、連絡もしないでこんな遅くまでい、いちゃダメだから」
「ああ、これ終わったらちゃんと帰り」


「じゃ、もう帰んないとミサトがうるさいから」
「ああ、遅うまで引き止めて悪かったな」
玄関で別れを告げる。
「また、明日。学校でね」
「あ、ああ・・・」
まだ何か言いたそうなトウジに背を向けるアスカ
視線が背中に当たってるのがわかる。鈴原は何を言いたいのだろう?アタシは何か言って欲しい?
また、明日学校で。今晩の事はシンジに内緒と口止めしなきゃいけないのかしら?
そんなことを考えながら進み出すアスカの肩が掴まれた。
「惣流!」
「鈴原!どどどどどどどうしたの!」
熱い視線が向けられる。
ダ、ダメよ鈴原。アタシ、ヒカリを裏切れない!ヒカリは鈴原が好きで。アタシは加持さんが好きで。
だけどシンジが好きだってみんなに誤解されてる。でもシンジが嫌いな訳でもなくて、
だから鈴原がアタシに好きだって言われたらアタシ困るけどアタシアタシアタシアタタタタタ
「惣流、シンジと最近、どないや・・・?」
「ええ!!なななななんで?」
「どんな感じやった?一緒に暮らしとってイヤラしい事とかされるんか?」
「なっ!なんなんなんなんなんでそそそそんなこと聞くのよ・・・・・・・・」
真剣なまなざしのトウジに激しく動揺するアスカ


「ワイ、昨日・・・・シンジとネルフの人来て、妹を預かるって言われたんや」
「えっ!」
トウジの妹が入院しているのは知っていた。それがシンジのせいだという事もそれとなく聞いていた。
シンジが最近どこかに行っているのも知っている。それと何か関係が?
「妹を本部の医学部に転院させてくれるゆうねん。そこやったら今んとこよりずっといい治療受けら
れるし・・・・そんでワイ引き受けてしもうた」
トウジはアスカの服をつかんで崩れ落ちた
「怖い・・・ワイごっつ怖いんや。シンジが最近毎日妹の見舞いに来てくれてて、妹もよくなついて
最近はいつもシンジの話ばかりワイにするんや。最初は大したことあらへんと自分に言い聞かせとった
んやけど。見てみ、手ぇ震えとる。シンジが小学生の妹に手を出すとか・・・友達を疑うなんていかんの
やけど。震えが止まらん」
「大丈夫・・・・・よ」
全てを悟ったアスカは腰をかがめてトウジの背中をさすった。
「心配いらないわ。鈴原の妹さんも最初はシンジを気持ち悪いと思うかもしれないけどすぐに慣れる。
確かにシンジは変態だけど所有してるDVDを見る限り熟女系でなおかつ複数プレイが趣味らしいから
少なくともロリコンではないと思うから。それに本部の医学部は案外警備が厳重なのよ。シンジがいた
ずらしたらすぐにとっ捕まるわ。それにアタシもいる。きっと鈴原の妹をシンジから守ってみせるわ」
「すまん・・・すまんかったな。ワイ、惣流の大変さも知らんと。あんな変態と夫婦とか言って茶化して」
「いいのよ・・・・」


葛城さんの家の前、アスカは玄関を開けるのに少しだけ迷う。でもそんなの自分らしくない。思い切って
開ける。
「ただいま」
ミサトの靴はなかった。また迷う。でも勇気を出して入っていく。
シンジはテーブルの上で読んでいたぶ厚い本の上にうつぶせになって寝ていた。
アスカは向かいにそっと座った。テーブルの上にはラップに包まれたオムライスが二つ。
アタシを待っててくれたの?スプーンを握ったまま眠るシンジに言葉にせず問い掛ける。
でもアタシ鈴原にご飯食べさせてもらったの。その前は加持さんに・・・でもアタシここに帰ってきた。
怒る?それとも拗ねる?ヤキモチ焼いてくれる?シンジのあどけない寝顔を見るアスカが微笑む。
作文のせいで、またアタシ達夫婦って影で言われちゃうねきっと。嬉しい?迷惑?それとも作戦?
シンジの湯呑みを取って、そこにお茶っ葉を入れポットでお湯を注ぎ、テーブルに置く。
鈴原の妹の事、疑ってゴメンね。でもアタシは帰ってきたよ。そして知ってるよ。アンタが本当は
優しい奴だって。
「ん、んんぁ」
シンジは目を覚ました。
「ただいま」
枕代わりの本から顔を上げ、寝ぼけ眼で眼をしばたいてアスカを見てる。
「お茶淹れてやったわ」
ポカンとしてアスカを見るシンジ
「お茶、アタシが淹れたげたから、呑みなさいよ」
そっと出された湯呑みをジロジロ見てる。中身を見て怪訝な顔をしてる
「普通に淹れたわよ。別に何も入ってやしないわよ。早く飲みなさいよ」
眉をしかめていたシンジはようやく口に運ぶ。
「おいしい?」
アスカが聞くと、シンジはニヤっとお茶の葉だらけの歯を見せて笑った。
「おいしいよ」
アスカも笑った。そう仲直りなんて簡単だった。キスなんかより全然。


しかしふと、シンジが読んでいたぶ厚い本に目がとまる。




『源氏物語』



アスカは本のカドでシンジをぶん殴ったのだった。

おわり

BACK / INDEX / NEXT