外伝 スイカ畑でつかまえて

後編 恋に至る病、そして




次の日の晩、早速リツコは大きなケーキを買ってシンジを連れ、マヤの家にやってきた。
仏頂面のマヤと大きなケーキを嬉々として眺めるシンジ。リツコはケーキを切ったりコーヒーを淹れたり
大忙し。だがマヤはリツコの手伝いはするがけっしてシンジとは口をきこうとするどころか
目も合わせない。子供じみたマヤの態度にコメカミに青筋たてつつなんとか我慢するリツコ。
仕方ないのでシンジのモノマネショー。学校でのアスカ、学校での綾波、家でのミサト、
家でのアスカ、そして怒涛のゲンドウネタ。
笑い転げるリツコ。笑うまいとしてたマヤも最後には笑ってしまう。だが笑いすぎて痙攣して
いるリツコに少しびっくり
「ハーハ−おかしかったーそろそろお暇するわ。仕事も残っているし。
仕事にならないかもしれないけれどw」
「え!せ、先輩ちょっと待って!」
ゼーゼー言いながら立ち上がるリツコを玄関まで追いかけるマヤ
「先輩ひとりにしないで下さいよー」
「何言ってるのマヤ。ここまで私がセッティングしたんだから後は自分でなんとかしなさい」
「で、でもぅ」
捨てられた子犬のように見上げてくるマヤ
「いい子だから、もうこれ以上手を焼かせないで頂戴」
「だ、だってぇ」
リツコはため息をついた


「潔癖症なのね。だからヒトを拒絶する。自分が汚れるよりヒトを汚した方が心が痛いことを
知っているから。でもどんな思いが待っていてもそれはマヤが自分一人で決めたことだわ。
価値のある事なのよ、マヤあなた自身のことなのよ。ごまかさずに、自分にできることを考え、
仲直りは自分でやりなさい」
「だ、だけどぉ」
「今の自分が絶対じゃないわ。後で間違いに気づき、後悔する、ミサトはその繰り返しらしいわ。
ヌカ喜びと自己嫌悪を重ねるだけ、でもその度に前に進めた気がしているみたい。バカなのよ」
「?」
「ま、まぁミサトの話はとにかくね。いい、マヤ。もう一度シンジくんと向き合って仲直りしなさい。
シンジくんと仲良しだった自分に、なんの為にここに来たのか、なんの為にここにいるのか、
今の自分の答えを見つけなさい。そして、仲直りしたら必ず出勤するのよ」
「うう・・・・・」
「約束よ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「マヤ?」
「・・・・・・・・・・・マヤは判断を保留しています」
「マヤ!いい加減になさいっ!」
「だ、だってぇ・・・・」
「だってじゃないわよっ!もし明日仲直りできてなかったらロザリオ返してもらうからねっ!
スール解消させてもらうからっ!そのつもりでっ!」
「リツコお姉さまぁ・・・・・んっ」
リツコ不意打ちキス
「大人のキスよ。帰ったら続きをしましょうね・・・・・」
「お姉さま・・・・・」
バタンと扉は閉まり、リツコは帰った。


だがマヤはそのまま自分の部屋に直行した。真っ暗な部屋でクマのヌイグルミを抱いてベッドに座る
今この家には男がいる。リビングで一人残されているシンジ。昨日自分の唇を奪った・・・
マヤは身震いした。得体の知れない面妖な気持ちが心の中で広がっていく。怖かった。
このまま自分が自分以外の何かになっていきそうで・・・・・・・・きゅっとヌイグルミにしがみつく。
リツコとのキス。とても心ときめくものだったそれが今では何の効果もなくなっている。
そうあの日から・・・
シンジくん。早く帰って欲しい。何も言わずに。これ以上心を乱さないで欲しい。
自分を変えないで欲しい

それからどれだけ時間が過ぎたのだろう。ずっと身構えていたマヤは泣きっぱなしの疲れでウトウト
その時ドアがノックされた
「マヤさん」
「!」
声と共にドアが開いた。マヤは飛び起きた
「その、昨日はごめんなさい。キスした事は謝るよ。でも僕、嬉しかったから・・・・・・・」
マヤは答えない。部屋の前で立っているシンジを暗闇から睨みつけるだけ
「本当嬉しかったんだ。マヤさんが僕と遊んでくれて嬉しかった。僕マヤさんの事が好きだから」
「・・・・・・・・」
「ねえマヤさんは僕の事やっぱり嫌い?」
「嫌いよ・・・・・・・・」
聞き取れない程小さな声でマヤは言った
「ごめん、でもどうして・・・・・」
「不潔だから・・・・・」
「そう。でもそんなに不潔なこと?人を好きになるっていう気持ちはそんなに汚いものなの?」
「帰ってよ!バカ!」
マヤは目覚まし時計を投げつけた


次の日
マヤはスイカ畑にポツンと座っていた。頼りない小さい肩が気の抜けるような間合いでふぅーっと
下がる。ため息を風がさらっていく。自分がバカみたいだった。つい先日まで優しいお姉さんで
いられたのに。たった一回のキスで何もかも変わってしまう自分が情けない。どうしてこんなに
内に篭もった思考になるのか。昔の自分はもっと溌剌としていたはずだ。昔に戻りたい。
変わりたくなかった。こんなダメな大人のままでは先輩やみんなに嫌われてしまう・・・・・
先輩と一緒にベストスール賞をもらえなくなる・・・・・・・・・・
目の前にあるたくさんのスイカは人生の悩みに答えてはくれない。それどころか丸い形はマヤに
人の頭を連想させる。彼女の心を支配しているその男の子の顔に・・・・
「ここにあるのはスイカそして人のためのただのフルーツに過ぎないわ。私は宝の地図を拾ったので
喜んで手に入れようとした。だからバチが当たった。それが三日前。せっかく拾った宝も消えて
しまったわ。でも今度は私の宝物を奪われた。それがこのシンジ君。スイカから
連想させて人間を作った。これはシンジくん」
「俺?」
「そうこれはシンジくんなのよ。本来魂のないスイカにはヒトの頭を連想させてあるもの。
みんなサルベージされたものなの。魂の入った頭はシンジ君一人だけなの。あの子にしか
魂は生まれなかったのよ。ここに並ぶスイカと同じものには魂がない。ただのフルーツなの。
だから壊すの。憎いから・・・」
引き寄せたスイカをポカポカ叩くマヤ


「マヤさん何やってんのかわかってんの!!!!」
「ええわかっているわ、破壊よ。シンジくんじゃないもの。シンジくんの頭のカタチをしたものなの。
でもそんなものにすら私は負けた!固いのよコレ。あのキスのことを考えるだけでどんな、
どんな簡単な仕事だって出来なくなった。私の仕事なんてどうでもいいのよ!でも、
でも先輩・・・先輩・・・わかっていたの。無能なのよ私は。ロン毛とメガネ以下のリストラ候補だわ!
・・・・私を子供だと笑いたいのならそうして。いえ、そうしてくれると嬉しい」
「マヤさん・・・・・」
よっぽど思い詰めていたのだろう。マヤは今になってやっとシンジの存在に気付いた。
バカみたいな独り言を聞かれ耳まで真っ赤になるマヤ。隣に座ったシンジの方を見れない。
とりあえずスイカを力無く叩き続ける。しばらくそのまま2人は黙っていたが、
やがて沈黙に耐えられずマヤはポツリと言った。
「どうしてあんな事したのよ・・・・・・・・・・・・・・・」
「何が?」
「・・・・・・・私の事バカにしてるんでしょ・・・・・・・・・・・・・」
「マヤさんがそうやって、わからんちんだからさ」
「どうせわからんちんの子供ですよ・・・・私なんて・・・・・」
マヤはプイとそっぽを向いた。叩いていたスイカを胸に抱える。
シンジは何も言わず空を眺めている。大きな空の白い雲が少しづつ形を変えていく。
マヤは自分が嫌になった。
「シンジくん幻滅したよね・・・・・」
「どうして?」
「だって・・・・・私大人のお姉さんらしくないから・・・・・幻滅して当然よね」
「幻なんか見てないさ」
風のように笑って言う。
トクン
マヤの心が跳ねた。そのまま胸の奥で鼓動が軽やかなワルツを踊り出す。なに?これ?不整脈?


「ねえ、知ってる?マヤさん。{The Catcher in the Rye}ライ麦畑でつかまえてって言う小説があるの」
「・・・・・・・・・・」
「あれって本当はライ麦畑で会えたならっていうらしいよ」
マヤはハッ気付いた。そうあの地図に記されていたのは{The Catcher in the water melon}
「もしかして・・・・・あの宝の地図はシンジくんが書いたの?」
最初から仕組まれていた?最初から私と出会うために?
シンジは小首を傾げてイタズラっぽく笑う。マヤもつられて微笑んでしまう。胸のワルツは途中でスッと
抱き上げられ優しく着地したような気分。
「やっと会えたね、僕の宝物、笑顔のマヤさん」
寄せられる唇。マヤは一瞬身を強張らせたが、すぐに力を抜き、委ねる。ワルツはとっくに激しい
和太鼓に代わってる。
甘く触れ合う粘膜、そっと舌を差し込まれてもマヤは受け入れた。そして誘われるように舌を絡め会う。
何かを溶かしてゆく感覚。そして残った何か熱い感覚。心の中のATフィールドがなくなっていく。
これが恋?人を好きになるって事?私はこの人が好き?これが全ての答え・・・・・・・
勿体ぶったように離れてゆく細い銀の橋。それは不潔でもなんでもない。二人を繋ぐ糸。
「スイカ畑でつかまえた」
シンジが押し倒したのかマヤが引き寄せたのか、2人はゆっくり地面にかさばって倒れ込む。
マヤの抱えていたスイカがコロコロと転がっていく。動き出した恋のように、ゆっくりと。


次の日
{ハーモニクステスト問題なし}
{進路調整数値を全てクリア}
「赤木博士なんだか疲れてません?」
「色々とねプライベートで・・・で?どう?サードチルドレンの調子は」
「まさか信じられません!!!!!!!!!初号機のシンクロ率が400%を超えています!!!!!!!!!」
「マヤあなた・・・・・・・・」
「さすがはエヴァ初号機。まさにシンジくん万能の時代ですね」
「のろけきったセリフ・・・・・」
「マヤさん!今のテストの結果どうでした?」
「ハーイ シンジくん ユーアーNO1!!!!!!!」
「やったーじゃあ約束通り遊園地一緒にいってくれるんですねっ!わーい」
「ダ、ダメよ。勘違いしないで。マヤは400%くらいでデートする安い女じゃないもん」
「えーシンクロテストで頑張ったらデートしてくれるって言ったじゃん」
「900%は越えてくれないとダメだもん・・・・・・・・・」
「えームリだよーマヤさんとデートする前に俺自身がエヴァになっちゃうよ。
考えただけで僕悲しくてシンクロ率落ちちゃうよう」
「も、もうーしょうがないなーモテないシンジくんが可哀相だから、し、仕方なく行ってあげるわよ」
「わーいやったーマヤさん大好きー」
「喜びすぎだってばーもうークスクス。お疲れ様シンジくんもう上がっていいわよ」
「ちょっとマヤ勝手に・・・・・・・・」
「お腹空いたーマヤさん。早くご飯食べに行こうよ」
「うん。じゃあいつもの場所でね」
ウィンクして席を立つマヤ
「マヤちゃん?」
「マヤ。まだ仕事残ってるわよ・・・・・・・・・」
「先輩の事尊敬してますし、仕事はします。でも残業はできません」
いそいそと部屋を出てゆくマヤ。それを呆然と見送る一同

「映像回線つながりました。主モニターに回します」
イタリアンレストランでお互いに食べさせ合いっこしてるバカップルのマヤとシンジが映る。
「何よコレッ!」
「これが仲直り率400%の正体」
「そんな!2人はいったいどうなったのよ!」
「恋の魔力にとりつかれてしまったわ」
「何よそれ!遊園地デートって何なのよ!」
「仲直りが造り出した、年の差なんて気にしないラブラブカップルのデートとしか言いようがないわね」
「仲直り?あの時買ってきたケーキをただ2人に食べさせただけじゃないの。頼もしい先輩が聞いて
呆れるわ」
「ただのケーキとは違うわ。不二家のケーキなのよ」
「これも不二家のケーキのおかげだっていうの」
「あるいはペコちゃんの」
リツコを引っぱたくミサト
「なんとかなさいよ!アンタが仲直りさせたんでしょ!最後まで責任取りなさいよ!」


ロッカールームで着替えるアスカとレイ
「まーいっちゃたわよねー。あーっさりくっついちゃったじゃなーい。ここまで簡単に
付き合ったりされるとー正直ちょっと悔しいわよねー。凄い!素晴らしい!モテる!モテ過ぎる!
はーモテモテシンジさまーこれで私達もー自由にできるってもんじゃないのー。
ねー。まーねー私達もせいぜい置いてけぼりくわれないように素敵な彼氏作らなきゃ」
アスカの前に立ちふさがるレイ
「な、何よ。シンジがマヤと付き合ってるのがそんなに不愉快!」
「あなたは、女遊びさせるために碇くんと一緒に住んでるの」
「違うわ!自分だけのものにしたいからよ!!!・・・って何言わせんのよ!あ、あたしは別にシンジなんて」
「じゃあ寝てたら」
「えっ」
「碇くんは私が奪う。赤木博士が2人を別れさせる作戦の用意をしているわ」
「ええっ」
「じゃ、葛城三佐と赤木博士がケージで待ってるから、サヨナラ」


次の日、手を繋いで遊園地でハシャぐシンジとマヤ
「わー凄いー広いー」
「マヤさーんほらアレ乗ろうよー」
「あーんシンジくん待ってよーキャッキャッ」

そこから少し離れた野外作戦司令部。赤木博士の作戦説明を受けるネルフスタッフ
「じゃああの海をテーマにしたテーマパークが2人のデートの場所な訳!」
「そう71.4haうち水面積9.2haのね。そのうち47.8haを23のアトラクションで支え内部は
第三新東京ディラックシーと呼ばれる非日常空間。多分海にまつわる物語や伝説を題材に冒険、
ロマンス、発見の楽しさを提供されてるんじゃないかしら」
「あのエレガントなイタリア建築様式の建物は」
「本体のテーマパークが閉園すれば帰れなくなってしまう。ホテルミラコスタこそ本体に過ぎないわ」
「イルミネーションに彩られたラブラブお泊りが目的か・・・・・・・・」
「そんなの許される訳ないジャンッ!」


「シンジくーんもう暗くなっちゃうよー」
「大丈夫大丈夫・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホテルは予約済みだから」
「え?」
「なんでもなーい。ほらアレ乗ろうよーほらほら」
「もうーシンジくんたらークスクス」

「2人の強制サルベージ!」
「現在可能と思われる唯一の方法よ。992個現存する全てのN2爆雷を中心部に投下。タイミングを
合わせて残存するエヴァ2体のATフィールドを使いラブラブデート中の2人に1000分の1秒だけ
干渉するわ。その瞬間に爆発エネルギーを集中させてホテルミラコスタを形成する新東京ディラック
シーごと破壊する」
「でもそれじゃ宿泊客が!シンジ君がどうなるか!別れさせ作戦とは言えないわ」
「作戦は伊吹二尉の回収を最優先とします。例えテーマパークが大破してもかまわないわ」
「ちょっと待って!」
「この際シンジくんの生死は問いません」
リツコを引っぱたくミサト
「シンジくんがスケコマシなのは!あなたの監督責任なのよ!それを!忘れないで!」
「あなたがそこまでマヤちゃんに拘る理由はなに!スール制度ってなんなの!」
「あなたに渡した交換日記が全てよ!」
「ウソね!」
「ミサト、私を信じて・・・・この作戦については一切の指揮は私が取ります」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「管空にも便を回すわ。航空管制と空自の戦略輸送団に連絡を」
「了解」
「私立リリアン女学園、スール制度、ロザリオ。まだ私の知らないコバルト文庫があるんだ・・・・・」


「マヤさんどうしたの?」
「うん・・・・・・・ちょっと疲れちゃった」
「そう、じゃ夜も遅いし・・・・泊まっていこうか」
「え・・・・・で、でも・・・・・・・・・ドキドキ」
「疲れちゃったでしょ大丈夫、ちょっと泊まってくだけだから、何にもしないから」
「う、うん、そうよね、うん・・・・・・・・ドキドキ」
「部屋から見る夜景はとっても綺麗なんだよ・・・・・・・・・グヘヘ」

「赤木博士・・・・・・・・」
「・・・・12分予定を早めましょう。マヤの膜がまだあるうちに」


最後のアトラクションは終わった。だがホテルにチェックインした二人は固く手を握り合ってしまう
そして約束の時がくる・・・・
迫り来るテーマパーク全滅の危機、嫉妬に狂い我を失うアスカ
発動するシンジのリビドー計画、阿鼻叫喚のさまを直視した伊吹マヤ、乙女の決断
新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH and REBIRTH マヤ神聖

だがそれはまた別のお話。



おわり

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