外伝 スイカ畑でつかまえて


前編 自転車泥棒





「あら?」
ロッカールームで着替えていた伊吹マヤは床に落ちた紙片に気が付いた
「何かしらこれ」
手の平程度の大きさのそれを拾ってみると、無数の線で引かれた簡単な地図らしきものが記されている
「うちの敷地内だわ。でもあの辺は何も無い森のはずだけど・・・・・・・・」
人差し指をあごに当て不思議に思いながら、よく見てみると真中辺りの赤い丸印に小さい文字。

(The Catcher in the water melon)

「?・・・これってもしかして宝の地図!きゃあどうしよう宝物?なんだろう。あ、でもまだ仕事残ってる」
マヤはしばらく部屋を行ったり来たりしていたが、興味引かれる好奇心に勝てなかった。
「いってみよっ」


「あの赤木博士」
「ごめんなさい、どうしたの?」
「それがマヤちゃん召集かけたのにまだ来なくて、居そうな所は探したんですが」
「珍しいわね、マヤが無断で姿をくらますなんて。仕方ないわテストは午後からに延期して」
「いいんですか」
「たまには息抜きも必要よ」
「そういえば、備品の自転車もないんですよね」
「自転車?」

「♪手を離してもーひとりで上手に乗れてたーいつのまにかーひとりで上手に乗れてたー♪」
デコボコした山道を歌いながら自転車を漕ぐマヤ
「先輩が見たら、子供っぽいわね、って笑うんだろうな」
石や木の根を飛び越え颯爽と風を受ける姿は、まだお転婆だった頃のよう
「でもいいもん。マヤは子供だもん。子供でいいもん」
はやる気持ちがスピードに乗って、少女の面影を残した笑顔が加速する
「♪とても暑すぎた夏のー君は自転車泥棒ー♪」

「うわぁ・・・・・・・・・・・」
一面に広がったスイカ畑に歓声を上げるマヤ
「The Catcher in the water melon。スイカ畑でつかまえて、か。スイカッスイカー」
きゃっきゃっと一人はしゃぎ、スイカの頭をポコポコ叩いてゆく
「こんなにあったらスイカ割りし放題よねー外す方が難しいくらい。でもこんなに立派なスイカ畑
誰が作ったんだろ」
小首を傾げながらスイカ畑を進んでいく、するとカキーンと小気味良い金属音が鳴り何かが空から
降ってきた
「きゃあー」
「大きい!大きい!入るか!入るか!入ったー」
恐る恐る目を開くと見覚えのある少年が畑の向こうをガッツポーズで走っていた
「えー放送席ー放送席ー。見事サヨナラホームランを打った碇選手に来てもらいましたー
今の気持ちはどうですか。最高でーす」
バットを持った少年は誇らしげな顔で何か一人で喋っている
「ツーアウト1塁逆転2ラン。あの場面打てば逆転ということは碇さん自身わかってましたか。
まあ足し算できますし、あの場面でホームラン打てば逆転ということは日本中ほとんどの人が
わかってた思いますよ。昨日は投手のVTRを見て研究されたんですか?いやー昨夜は、
ずっとペイチャンネルを見てました。そうですかーではファンのみなさんに最後に一言。
えー優勝目指して最後まで頑張りますのでファンのみなさま最後まで応援よろしくおねが」
「・・・シンジくん?」
「マヤさん?」
呆然と見詰め合う2人

「シンジくん・・・・こんな所でひとりで何やってんの?」
「それはこっちのセリフだよ。何やってるんだマヤさんは」
「え、私は・・・・・・・・ちょちょっと散歩してたら迷いこんじゃって」
「そっか。戦力外通告を受けたんでね。ベンチに俺の居場所はなくなったんだ。
以来ここで草野球をしてる」
「こんなところで?」
「こんなところだからだよ。大阪ドームもいいが、やはり最後の時はここにいたいからね」
「最後の時?・・・」
「そうだ。球団を買い取ってくれるスポンサーがいなかったら2リーグ制は滅びるといわれている。球界
再編でね。それを止められるのは現スポンサーと同じ資金力を持つライブドアだけだ」
「えっと・・・・・・・・・」
「堀江。俺はここでホームランを打つことしかできない。だが堀江には堀江にしかできない
堀江にならできることがあるはずだ。誰も堀江に強要はしない。自分で考え自分で決めろ。
自分が今何をすべきなのか・・・・ ま、粉飾決算のないようにな」
「もーシンジくん真面目に答えてよー」
少年はハハハハと笑った。まさに少年のその時にしかできない笑顔で
「そうだ。マヤさん俺と野球して遊んでよ。ノックしてよ」
「え、えー私・・・私バットなんて打てません」
「キャンプで何度もやってるだろ!」
「でもその時はトライアウトじゃなかったんですよ!」
「バカっ!やらなきゃ無職だぞ!」
グラブを持って遠くで構えるシンジ。仕方なく打ってみるマヤ。空振り
「ヘイヘイどうしたどうしたーここまで飛ばしてみろよー運動音痴」
「むー」
「プログラムは打ててもボール一つ打てないのかー腰痛であっという間に更年期障害かー」
「言ったなー」
マヤは思い切りバットを振った。当たった。ボールが転がっていく

「へいへいサードゴロかーもっと高く打ってみろよー」
「見てなさいよー」
何度も何度も空振りしながらもコツを掴み出したマヤ。ボールを高く打ち上げる
「それー」
「おおやるなー」
次々と打ちあがってくるフライを右へ左に走ってキャッチするシンジ。ただそれだけの事を本当に
嬉しそうな笑顔で駆け回るシンジにマヤもなぜだか全力を出してバットを振ってしまう。
ボールは空高く高く上がる
「見て見てマヤさーん・・・・・イチロー」
くるっと回って後ろ手でキャッチする
「すごーい」
「ヘヘヘ、次はねー見て見て・・・・・・・・宇野」
落ちてきたボールを取り損ねて激しく頭にぶつけたシンジ
「シンジくん!!!!」
倒れて痛がっているシンジの元へ駆けつけるマヤ
「大丈夫?シンジくん」
「イテテテ大丈夫」」
「シンジ君たらおかしい。それはサッカーのヘディングでしょ?プロ野球選手がそんな事するわけない
のにクスクス」

遊びつかれた二人は地面に座って休憩。シンジの持ってきた水筒のお茶を飲む。
「あー遊んだー疲れたー」
「私もこんなに動いたの久しぶりー」
「マヤさん呑み込み早いねー」
「まあねーエヘヘヘ。でもシンジくんいつもひとりでやってるの?」
「いつもじゃないけどね。だって待ち時間長いから、時々ね」
「そっかー時々行方をくらませてたのはここかー大変なんだからねー探すの」
「えへへごめーん」
「もうー」
悪びれもせず笑ってごまかすシンジ。
そうだよね遊びたい年頃だもんね。マヤはちょっぴり可哀相になった。エヴァのパイロット。でも14才
人類の未来を託すにはその体も心も幼過ぎる。
「シンジくんは立派ね」
「そう?」
「うん。毎日大変なのに、頑張ってる」
「ほんと?」
シンジは目をキラキラさせて喜んだ
「誉めてくれるなんて嬉しいな。マヤさんは僕みたいなバカな子は嫌いだと思ってた」
「そんなことないよ。野球もうまい、男の子だもんね。とってもかっこいいよ」
「ありがとう」
上目使いで見てくるシンジにハニかむマヤ。

それは一瞬の出来事だった。
そっと手が重なって視界いっぱいにシンジの顔。あっと思った時に柔らかい感触が唇に伝わって、
離れた。

呆然と目を丸くしたままのマヤ。シンジは何かとても良い事をしたように微笑んでいた。


次の日
{ハーモニクステスト問題なし}
{進路調整数値を全てクリア}
「ミサトさんなんだか疲れてません?」
「色々とねプライベートで」
「加持くん?」
「うるさいわねっ!どう?サードチルドレンの調子は」
「ダメです!!!!!!!!停止信号及びプラグ排出コード認識されません!!!!!!!!!!」
「へ?」
「エヴァンゲリオン初号機は現時刻をもって廃棄。目標を使徒と識別する・・・・・・・・」
「ちょっとマヤ!」
「精神汚染が広がっています!総員退避!総員退避」
「マ、マヤちゃん?」
「マヤかわりなさい!な・・・・・・・初号機のLCL圧縮濃度が限界まで上がってるじゃない!」
「シンジくんが溺れています!!!!!」
「もう見れません・・・・・・・・見たくありません!!!!」
逃げ出すマヤ。大慌ての一同
「ミサト、ちょっとお願い。マヤ!待ちなさいマヤ!」

リツコが追いかけていくと廊下で泣き崩れているマヤを発見
「マヤ、どうしたのマヤ。今日は朝から元気がなかったけれど、何かあったの?」
優しく慰めるリツコ。胸の中で激しく泣きじゃくるマヤ
「よしよし可哀相に。どうしたの?何があったのか話して頂戴。泣いてちゃわからないわ」
「私・・・・私神様に見捨てられたんです!!!!!!!!!」
「マヤ・・・・・・・」
マヤの叫びにリツコは驚愕した
「まさか・・・あなた、マヤ、シンジくんに!そうなの!マヤ!」
「先輩、うう先輩・・・うわあああん。私もうお嫁にいけないぃぃぃぃぃ」
ものすごい勢いで泣き出すマヤをきつく抱きしめながらリツコは確信した。

「ふう終わった終わった」
「あーあテストばっかでつまんなーい」
「アスカ帰りにカラオケ行こうぜー」
「やあよ。あんたのアニソン縛りにはもううんざり」
「お前のビートルズ縛りもたいがいだぜ。せめてウイングスも認めろや」
ゲートを抜けようとするとリツコが黒服の男たちを従えて待ち構えていた
「リツコさん?どうしたんですかそんな怖い顔して。何かあったんですか」
「碇シンジ君。保安条例第177条によりあなたを警察に突き出すわ」
「え!」
たちまち黒服に取り押さえられるシンジ
「お父さんから伝言があるわ。お前には失望した、ですって」
「ちょwwwwwwwwwwな、なんだよそれ!」
「バカシンジ!あんたまたなんかやったの?」
「知らないよ!何にもやってないよ」
「何もやってない?マヤにあんな事しといて!よくそんな事が言えるわね!」
「マヤさんに?」
「とぼけるのもいい加減になさい!必要とあれば善良な同僚まで手を出す。エロリストな人ね」
「エロリストって・・・昨日マヤさんと野球はしたけど」
「やきゅう!?見事なバットさばきだったとでも言いたい訳!死球ならぬ子宮にヒットさせてあわよくば
女房役でホームインなどと企んでいた訳ね!とんだプレイボールならぬプレイボーイね!立浪も裸足で
逃げ出すわ!野球じゃなくても国士舘大学サッカー部か京大アメフト部で大活躍間違いなしね!」
「ちょwwwwwwwwwwwwwwリツコさん、君が何言ってんのかわからないよ」
「アスカとレイは早く帰りなさい。このレイプ魔に近寄ってはダメ。いいシンジくんアナタは女性の敵よ。
報いを受けさせるわ。今マヤは病院で診てもらってるから、カルテが証拠よ。あなたは刑務所行きよ」
「レイプ魔ってなんだよ!リツコさん話を聞いて!!!!」
「言い訳は法廷で聞くわ。でも覚悟して私は未成年だからといって容赦しないわ。
連れて行きなさい!!!」


「・・・・・・・・・・・・・マヤちょっとそこに座りなさい」
泣きベソかいているマヤにリツコは冷たく言った
「まったくあなたのせいで大恥かいたわ。大げさに泣き喚くから私はてっきりシンジ君に襲われたの
だとばかり・・・こらっいつまでも泣いてるんじゃないわよ!」
「だ、だって・・・・・えぐえぐ」
「イイ年してキスくらいで大騒ぎしなさんな!子供相手にっ」
「ひどいですぅ・・先輩私初めてだったんですよぉ」
「何度も私としたじゃないっ」
「だって男の子とのキス・・・・うう」
また泣き出したマヤにうんざりしながら背を向けるリツコ
「・・・・・とりあえず、私が頼もしい先輩として取り持ってあげるからシンジくんと仲直りしなさい」
「ひっくひっく」
「マヤ!このままだと仕事に支障がきたすでしょ」
「うぇぇぇぇぇぇん・・・・・・・・」
「('A`)」
頭を押さえながらタバコに火を点ける。しばらく思うまま泣かせてみようと泣き顔を見てる
「うぇぇぇぇぇぇぇぇん・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇん・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃん・・・・・・・・グスッグスッ」
「・・・・・・・・マヤあなた処女でしょ」
「・・・・・え」


泣いてたのがピタッと止まりポカンと見ている。そんなマヤに意地悪な嘲りの笑みを浮かべるリツコ
「そうよね。まだよね。だってキスくらいでそんなに大騒ぎするんですものね。クスクス」
悪意に気付いたマヤの顔からみるみる内に血の気が引いてゆく。自分は侮辱されているのだ、と
「・・・・いけない事ですか」
「まさか・・・いけないだなんて。ただ少し驚いているのよ。今まで仕事か私しか眼中になかったみたい
なのに、ふふ、たいしたものね。ただの仕事人間かと思っていたら、10も離れた子供のシンジくんと
2人っきりでキスするような場所にいるなんて」
クスクス笑いながらコーヒーを淹れているリツコの背中をじっと見るマヤ
「私、仕事人間じゃないわ。子供のシンジくんと2人っきりでいたのは本当かもしれないけど、
でも、先輩だってもう子供がいてもいいトシじゃないんですか?」
「!」
チューブでマヤの首を締めるリツコ
「う・・・・・・・・」
「はっ!ご、ごめんなさい冗談が過ぎたわ・・・仕事が忙しくて、つい・・・イライラして」
視線が合った。それはマヤが初めて見る、感情をあらわにした人間らしいリツコの羞恥の表情
「でも、口のきき方には気をつけて。あなたがここで働けるのは私のおかげなのよ」
「・・・・・・・すいません先輩」
気まずい雰囲気にしばらくうつむいているとリツコが近寄ってきた
「そんなに怖がらないで、ごめんなさいどうかしてたわ」
オデコに優しくキス
「でもこれ以上仕事に遅れを出すのは許されないの。それにシンジくんだって私と同じように大切な
仕事の同僚でしょ。いい子だから、ね」
優しく諭すように言うリツコにマヤは素直に頷いた。最後に頬を撫でてリツコは部屋を出た
(何やってるの?私・・・これじゃまるで母さんと同じ)

つづく

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