番外編 夜が幸いであるために



{さよならをいうことはわずかのあいだ死ぬことだ}

嫌な夢。たくさんの別れの哀しい夢で私は目覚める。轟音と吹雪の中での別れ、失った言葉。
いやらしいロリコンにされたイタズラ。親友そして最愛の人との長いお別れ・・・・暗いところはまだ苦手
「んんんんん・・・・ミサトォ」
腕の中でモゾモゾと蠢くぬくもり。
「ミサトォ・・・お前また一人で気失っただろう・・・・・・・」
「そう?」
私は虚脱感から抜け出せないまま、おぼろげに返事をする。
「そうだよ・・・いっつも一人にしやがって」
甘えるようにスリスリとお腹に頬をすり寄せてくる。くすぐったさが心地よくて寝返りを打って抱きしめた
「ゴメンねぇ・・・・・・・・シンちゃぁん」
両手で頬を包み優しく見つめると彼は口を尖らせてみせる。幼い少年の顔、女の子みたいなくせに
「私とっても気持ちよかったから・・・・・」
「淫乱作戦課長め。もうお前のスケベ度は幕僚長なみだぜ」
「なんですってー」
私は怒ったふりして生意気言う彼を胸に抱いてギューっと締め付ける。彼はしばらく暴れていたが
やがておとなしくなり、私の胸に顔を埋めうっとりと私を見つめてくる。かわいい。密着した太腿にフニャっ
と小さくなったモノが当たってる。私はたまらなくなって顔にキスの雨を降らせる
「ミサトさん」
「なぁに?」
彼は私を三つの名前で呼び分ける。構って欲しかったり甘えたり喧嘩したりする時はミサト。
外で機嫌が良かったりするとサンタさん。そしてミサトさんと呼ぶ時は私を大人扱いする時
「お腹の傷、整形外科なら綺麗に治してくれるよ?治さないの?」
その話か。私は少し顔を曇らせる。だけど別に隠しているわけでもない。だからすぐに答える
「治さないの」
「なんで?」
間髪いれずに聞いてくる。やっぱりまだまだ子供ね、と思ってしまう。女心はまだわかんないか

「治せばいいじゃん。なんか理由でもあんの?」
「教えなーい」
私は拒絶の意味を込めて背を向ける。だがしつこく食い下がってくる
「なぁいいじゃん教えてよ?てゆうかこの傷なんの傷?」
「え?」
私は思わず振り向いた
「知らないの?」
「知らないよ」
「前に話したでしょ」
「聞いてないよそんな話」
「あれ?アスカだっけ?いやいや教えたはずよ。南極でセカンドインパクトの時よ」
「南極?そんな所にいたの?」
「嘘。それは知ってるはずよ」
本当は確証なんてなかった。稚拙な意地だった。でもなぜか私は責めてやりたい衝動に駆られた。
「そうだったかな」
彼は視線を逸らした。勝った
「ほら覚えてないんじゃない」
私は拗ねたように言ってみる。すると
「ごめんね。哀しい話はすぐに忘れることにしてるから」
私の勝利はあっという間に敗北にすり代わった。彼の憂い顔、それが私の心を締めつけたから
「ところでお腹空かない?何か作るから食べようよ」
「うん・・・・・」
さりげなく肩にキスしてくれる。どこで覚えてくるんだこんなこと。私はシーツで胸を隠し上体を起こした。
「・・・・・・・・・・・」
「なに?」
「着替えるから先に出てよ」
「なんで?」
「いいから!」
小さなお尻を見せて不思議そうな顔で部屋から出てく彼
まったく女心がわからないんだから。まだまだ子供ね。加持の奴だって同じようなモノだったかしら・・・
私はかぶりを振った。ダメよ。思い出したりしたら、また泣いてしまう。哀しい事はすぐに忘れたい

キッチンに行くと彼が携帯で電話しながら料理していた。アスカの家出先の洞木さんと連絡を取っている
「入ったら{ルビスのまもり}を使うんだって。それでバリアに囲まれた十字架の中心で{じゃしんのぞう}を」
古いゲームのアドバイスをする彼を見ながら私は缶ビールのプルタブに指をかけた。するとすっと取り上げ
られた
「あ」
「ビールはやめとけ」
「なんでよ」
私はむっとして睨んだ。ちょっと馴れ馴れしすぎる
「もう酒に逃げたりしないでくれよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
私は何も言えなかった。黙ってフライパンを操る彼を見つめる。彼はもう子供じゃないのかもしれない
大人になってしまったのだろうか。もしかしたらそれは私が知らず知らずに甘えていた結果なのだろうか
彼の背中は何も答えてはくれなかった。でも叱られて私の心は心地いい
仕方がないので溜まっていた新聞でも開いてみる
「シンちゃん霧満邪炉が横綱昇進だって」
「アフリカ出身の?マジかよ。イタリア出身の愚乱殺鼠は?」
「小結に落ちてるわ」
「はぁーいつの間にー。アスカの好きなドイツ出身の馬瑠馬六鎖は?」
「またカド番よ」
「まったくだらしねえな白人力士頑張れよ」
角界から日本人力士が消えて久しい。
「相撲で思い出したけど。ミサトのペンダントの十字架さ」
「何?」
「それって不摂生で太っていく自分のための懺悔の印?」
私は流石に殴ってやった。もちろん本気ではないが。

そうこうしている内に料理は出来た。炒飯と今日の朝食べなかったサンドイッチ。相変わらず無茶苦茶な
献立だがおいしいので文句は言わない。向かい合って静かに食べる。アスカがいなくなってから昔みた
いに2人きりの食事に戻って少し嬉しい。彼はあの頃から比べると男らしくはなった。
中身は変わらずバカだけど。
私は・・・私は何か変わっただろうか。未熟だと思っていた彼が大人になっていくにつれ私は自分に
自信が無くなっていた。上司にも家族にも徹しきれない弱い大人。彼にはそう映っているのかもしれない。
年齢差を越えて惹かれている自分がいる。彼に男として頼っている自分がいる。でも彼は?
その問いが私をいつも怯えさせる
「知ってる?」
「え!」

突然話し掛けられてビックリする。
「サンドイッチってさ、サンドイッチ伯爵が作ったんだぜ」
「え?ああ知ってるわよ」
「沢庵はさ、沢庵和尚が作った」
「へえ」
「ガーディガンはガーディガン将軍が作った」
「ふうん」
「ウィンナ・コーヒーはウィーンの人達が発明した」
「ふ、ふぅん」
「クリトリスはクリト」
「それは嘘!!!!!!!!!!!」
「まだ最後まで言ってないよ」
「言わなくていい!!!!!!!」
やっぱりガキだわコイツ。ニヤニヤ笑う彼を睨みつけながら私は思う。
「だってさ。ミサトさっきからずっと俺の方をボーッと見てるんだもん。どうしたの?」
「え、ああちょっちね、疲れてるのかも」
「何度もイったもんね」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ニタニタいやらしく笑う彼。やっぱりダメよミサト。15も離れたガキに何を考えてたんだろう。
思春期の男の子が性に目覚めて夢中になってるだけ。しっかりしなきゃ。
「まぁいいさ。ヤなことはオフロに入ってパーッと洗い流しちゃいなさい。風呂は命の洗濯だろ
一緒に入る?」
「いい」
どっかで聞いたセリフを聞き流し食事を終えた私はお風呂場に向った

服を脱いでドアを開ける。
「あら」
ペンペンが立っていた。私を見上げてる。私の足のつけ根。股間
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!
シシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシンジくん!!!!!!!!!!!!!!!!」
「何?ああ彼?新種の温泉ペンギン。名前はペンペン。もう一人の同居人」
「知ってるわよ!!!!!!!!!!そんなことよりあああああああああああんたあああああああああたしの毛、毛・・・・」
「うん。手入れが滞ってたから寝てる内に思い切って全部剃ったよ。赤ちゃんみたいでかわいいよ。
でも一応前隠したら」
私はクラクラする頭を押さえながら再び風呂に戻った。
「碇シンジくん。悪い子じゃないんだけど・・・・・・・・・アイツッ!!!!!」

お風呂から上がって私は部屋に戻った。彼は夕飯の後片付けをしお風呂に入っている。
電気を消しベッドに横になる。股の間がスースーする。とても恥ずかしい・・・・。
「な、なんで気付かなかったのよ・・・・・本当にツルツルだし・・・アイツはぁぁぁぁぁ!」
ベッドでもだえていると気配がした
「パイパンさん開けるよ」
彼は新しい屈辱的な呼び名で呼び、許しも得ずにズカズカと部屋に入り私に寄り添ってきた。
ダメよミサト、拒絶しなくちゃ、大人の威厳をみせなくちゃ。本気で溺れてしまう
「一つ言い忘れたたけど」
彼が私の手を導いて熱く逞しいモノを握らせる。だがそこには・・・・・・・
「ツルツルだろ俺も一緒さ」

{女にとって、善良な女にとってさえも、自分の肉体の誘惑に抵抗できる男がいると悟ることは
とても辛いことだ}

大いなる眠りからボンヤリと意識を取り戻してゆく。
「んんんんん・・・・ミサトォ」
腕の中でモゾモゾと蠢くぬくもり。
「ミサトォ・・・お前また一人で気失っただろう・・・・・・・」
デ・ジャヴ?いいや違う。私たちはまた愛し合ったのだ。慰めあったのだ。そして私はまた失神した・・・
「ごめんね・・・・・・・・・」
口元のよだれを舐めてくれる彼を抱き寄せる。安心して私の腕の中で力を抜く
「夢に出てきたぜ。サキュバスのようにね・・・・・・・・・」
「夢でも会いたいもの・・・・・・・・・」
私は微笑む。彼も微笑む。見つめ合う2人の間になにがある?
愛情、友情、怠惰で正直な情欲。それを全て混ぜ合わせた口づけ
「なぁミサトさん・・・・・・・・」
「なぁに・・・・・・・・・」
まだどこかふわふわ浮いているような感覚、優しく溶け合っているような感覚
「俺幸せになりたいんだ・・・・・・・・」
「うん・・・・・・・・・・・」
「みんなを幸せにしたいんだ・・・・・・・・・・」
「うん・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺じゃ無理なのかな・・・・・・・・・・・・・・」
彼は子供だった。子供から大人になりかけの子供。私は知っていたはずなのに。
いつしか環境が私や他の人たちが彼を無理矢理大人に変えてしまっていたのだ。
そしてたくさん傷つけた。絡めた指に力がこもる

「ミサトさんお願い・・・・」
「やぁよう・・・・・・・・・」
「まだ何も言ってないよう・・・・・」
「変なことばっかだもん、それかさっきの続きか・・・」
「ちがうよ・・・・・・・」
再び口づけで塞ぐ。甘い夢から覚めない、覚めたくないから
「なぁミサトさん、聞いて、泣きたいんだ俺、辛いことばっかでおかしくなりそうなんだ」
「うん泣いたらいいわよ。私が抱いててあげるから・・・・・・・」
「ミサトさん一緒に泣こうよ・・・・・」
「いやよ・・・・・・・子供なんだから泣いたらいいじゃない」
「ミサトさん大人だろ、先に泣いてくれてもいいじゃん」
「大人だからよ。子供が先に泣きなさいよ。恥ずかしくないんだから」
「大人の方が悲しい事いっぱいあるだろ。恥ずかしくないよ」
「・・・・・・・・・・・・・私、大人じゃないもん」
「ミサト?」
「私・・・・大人らしいことなんて・・・・・してない・・・・・できないもん・・・・・・・」
溢れ出す涙を止めることが出来なかった。たくさんの別れ。突然の別れ。無力な自分
それは彼も同じだったから。ふたりで泣いた。次から次へと溢れる涙を擦り合わせて、
誰にも見られず知られずにふたりっきりで・・・・・・・・・

朝の光。目覚める私。いつも一人で起きていたはずなのに。傍にいないぬくもりを探してキッチンに出る
「おはよう」
彼はいた。エプロンをつけて味噌汁を作っていた。
「顔洗ってこいよ。もうすぐできるから」
「うん・・・・・・・・・」

泣きはらした素顔が鏡に映る。なんだか少しすっきりした表情。私は笑顔を作って見せる。泣き顔も笑顔
も生まれ変わったようだった。生きる力をもらった。いや違う、ふたりで見つけて分け合ったのだ。
無限の生きる力を

「シンジくん。今日学校は?」
「行くよ。もう3時間目だけどな」
ペンペンに魚をあげながら彼は言う
「じゃあ車で送ってってあげるわよ。早く着替えちゃいなさい」
「え?いいよ」
「どうしてよ」
「みんな授業中なのに、ミサトさんの車で行ったら自慢してるみたいでヤダ」
「いいのよ。私が自慢したいんだから」

学校に到着。止めた駐車場で私は少し後悔する。なぜならここは中学校。彼が中学生だという事実
2人の間の厳然たる年の差を受け入れるこの辛さよ
「ついたわシンちゃん」
私はなんとか笑顔を作って彼に微笑みかける。
「うん」
いつかのようにもう窓から見物してくれる子供たちもいない。私はため息をつく
ダメよミサト、どうかしてるわ、私は大人、彼は中学生。私は保護者、彼は子供。認めなきゃ
すると窓が叩かれる。
「シンちゃん?」
「行ってきます。ミサトさん」
彼が体を伸ばして口を寄せてくる。照れもなく、ゆうべの夢の続きのような長いキス
名残惜しげに糸を引き離れてゆく
「じゃあ・・・・・・・・・・」
「うん・・・・・・・・・行ってらっしゃい」

「どうしたんです?モジモジしてお腹でも痛いんですか?」
「そ、そうね。少しかぶれてるのかもしれないわ・・・・」
「どこか怪我でもされたんですか?」
「毛がないわ・・・・・・それよりその情報本当なの?世界7カ国でエヴァ13号機までの建造を開始って」
「上海経由の情報です。ソースに信頼はおけますよ」
「なぜこの時期に量産を急ぐのかしら」
「現在エヴァは2機も大破していますし予備戦力の増強を急いでいるのでは?」
「・・・・そうかしらここの2機にしてもドイツで建造中の5、6号機の両腕を回してもらってるのよ」
「では使徒の複数同時展開のケースを設定したものでしょうか」
「そうね。でも非公開に行う理由がない。委員会の焦りらしきものを感じるわ。委員会には何か別の
目的があるのよ」
「もっと詳しく探りましょうか?」
「そうね。できるなら」
「まかしといて下さいっ」

一人になった橋の上で私はゆっくり深呼吸をする。埃っぽい街の風。レイが砕け散った欠片・・・・・・・・
泣いてばかりはいられないわ。事態はどんどん変わってゆくし毛はまた生えてくる。
出会ったことを哀しみで終わらせたりできないから、私は先に進むことにする。
あの時受け取ったあなたの心と、受け止めたいあの子のために

おわり

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