番外編 蜘蛛の巣城



私は洞木ヒカリ。2−Aの委員長
私のことをクラスの男子はみんな委員長って呼ぶ
別に呼び名なんてどうでもいいし、事実委員長なんだから気にしていない。
でも一人だけヒカリって呼んでくれる男の子がいる。

「こりゃシンジお掃除ちゃんとしなさい」
「いてっいきなり後からたたくんじゃねぇ」
「アホやなお前スケベすんならもっと上手い事せえよ」
「は?スケベ?」
「階段の下掃除するフリしてスカート覗こうとしとったんやろ
せやったらもっとマジメに掃除するフリせな」
「わかったわかった。今度、年増で作戦課長だけどすぐヤラせてくれる女紹介してやっから」

掃除をサボって遊んでいる彼。初めてヒカリって呼んでくれた男の子。
私の初恋、片思い・・・。
でももう違う。初恋は終わった。いつも側にいられないからあきらめたの。
今は違う人を好きになって、忘れることができたの・・・もう好きじゃない。

「たとえばこう雑巾がけするフリしてやな、こうやって」
「ス、ズ、ハ、ラー!」
「わーよりによって一番危険なパンツ見てもうた!」
「待ちなさいコラ!今日という今日は許さないから」
「わーシンジ助けて」
「おおいちょっと!!」

階段から落ちる二人
「大丈夫二人とも」
「あいたたた」
「碇くん血がでてる、保健室行かなきゃ」
「え?いいよこれくらい」
「ダメよ!ちゃんと消毒しなきゃ」
「あのー委員長。ワイも全身打撲なんやけど」
「あんたはさっさと掃除してなさい!!!」

「ごめんね、半分は私のせいよね」
「いいよ。そんなの気にしなくても」
保健室で彼の腕の傷口を消毒する。細いけど、やっぱり私と違う。逞しい男の子の腕。
「碇君てさ、鈴原と仲いいよね。なんであんなバカとつき合ってるの?バカが移るわよ」
「だって論文書けるハムスターとか可愛くないだろ?それと一緒。でもアイツいい奴だし」
「うん、私もそう思う」

「鈴原、なんか私のこと言ってない?」
「え?」
「あ、深い意味はないのよ。おせっかいとか口うるさいとか思われてないかなーって、
別に何も言ってないならいいんだけど・・・」
「はぁ」
「・・・鈴原ってアスカのこと好きなのかな」
「んなワケねえよ!!」
「え・・・だっていつも仲良さそうに・・・」
「んな事あるワケねえ」
「そ、そう」
「てゆうかあいつ妹萌えじゃん」
「妹さん、萌ちゃんて名前なの?」
「・・・てかなんでそんなこと聞くの?」
「・・・・・・・」

もう傷口の消毒はとっくに終わってる。早く教室に戻ればいいのだけれど
私はなぜか動けずにここで彼と向き合ってる。二人っきりで・・・

「ヒカリ・・・もしかしてトウジのこと好きなの?」

言わなきゃ、私は自分に言った。いつまでも引きずっていてはダメと
実らない片思いに別れを告げるのだと、新しい恋に生きるのだと必死に言い聞かせて・・・
そして私は言った。

「うん・・・」
「俺よりも好き?」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

そんなのって・・・・そんなってない。
どうして、どうしてそういう事言うの。私の気持ちなんて知らないくせにどうして・・・・
彼はじっとこちらを見ている。私はうつむく
責めてやりたい。彼の胸に飛び込んでいっぱいいっぱいバカって言ってやりたい
抱きしめられて思いっきり甘えたい泣きたい。
でもできない!もうダメもうダメ泣きそう・・・・

「そっか。でもトウジは家庭的な女の子が好きって言ってたよ」
「そ、そう」
「ヒカリ料理得意じゃん。だからきっとうまくいくよ」
「う、うん」
「じゃあさトウジに黙っておく代わりに、料理教えてくんない?
俺さ料理一応できるけど、弁当のって細かいから得意じゃないんだよね
トウジの好きなオカズ教えてやるからいいでしょ?」
「う、うん」
「ありがとう、じゃ早速今日俺の家に来て練習だ。じゃあな」
彼はそう言って立ち上がり保健室から出て行った。

私はしばらく動けなかった・・・・

私は心の整理ができないまま彼の家にやってきた。
「あれーヒカリーどうしたの?え?晩御飯作ってくれるの?」
スイカバーを咥えながら無邪気に喜ぶアスカに迎えられ台所へと向かう。
「おおヒカリ。じゃ早速始めるか」

私は一体何をしているのだろうか?
彼にタコさんウィンナーや卵焼きの丸め方を教えてとっても幸せな気分なのに
どうして彼のためではない、大量のオデンのコンニャクとちくわをゆでているのだろうか
後で不機嫌そうに何度もこちらを見ているアスカに悪いと思うのに
彼と一緒に台所に立って、何度も触れ合うと心躍るのはなぜなのだろうか
わからないわからないわからない。
「そういえばさ、トウジがヒカリのこと言ってたのを思い出した」
彼がコンロの火を強めながら私に言った。
「委員長はあんな顔して、きっと将来男2人を手玉に取るような悪女になるって」
「!!!!!!!!!!!」
私は手からお皿を落として割ってしまった。

「おいしいー洞木さん料理上手ね」
彼曰く、仕事上仕方なく同居しているアル中で年増ホステスのミサトさんが言う
「ほんとおいしい。シンジの料理大雑把なんだもん。ねえヒカリがここに住んでよ。シンジが出て行ってさ」
彼曰く、祖国を追放され不法入国で流れてきて仕方なく同居しているアスカが言う
「バカ。お前が出て行けよ。それが筋だろ」
実は某星の王子様でバラとケンカして星を飛び出し宇宙を巡って地球に辿りついた彼が言う。
そして、私が作った、鈴原のためのオデンのコンニャクをカラシいっぱいつけて食べる彼に
「おいしい」と言われて世界で一番幸せだと思っている悪女の私。

彼に送られて家へと向う私。
「いやしかしヒカリがトウジをねえ。あの頃からすると想像もできないな」

あの頃・・・鈴原が学校を休んでいた時、彼は転校してクラスにやってきた。
彼はすぐに学校の人気者になったが悲しい誤解のためみんなに無視された。
でも私だけは普通に接していた。そう私は誰よりも先に彼と出会っていたのだ。
ある日、私は学校帰り彼に待ち伏せられて街を案内して欲しいと言われた。
私は引き受けた。委員長としての親切心のつもりで。
彼は手を繋いできた。友達のいない彼への同情心で私はそのまま街を案内した。
そして日も暮れて入った喫茶店。私は色んな事を話した。友達の事家族の事自分の事未来の事・・・
彼は静かに聞いてくれた。そしてオレンヂジュースとミルクまぜながら彼は私に言ったのだ。
(ヒカリ。今日のお礼に、ヒカリだけにこっそり赤ちゃんの作り方教えてあげるよ。いつか二人っきりの時にね)

それからたくさんのことがあった。彼は私じゃない女と暮らし始めて私は・・・。
「ヒカリ」彼が私を呼んだ。
「ところであの約束まだ覚えている?」私はうなづく。
「赤ちゃんの作り方、まだ知りたい?」私はうなづく。
「トウジも知ってるかもしれないよ?」私は首を振る。
「そう・・・」
私の家の前で、彼は私の手を取って引き寄せ、耳元で囁いた。






もうちょっと待っててね・・・・・・・・もうちょっとだよ・・・・


お風呂から上がって、今日だけでもう一年分くらい心臓を脈打たせた私は疲れきって寝床につく。
なのに指が自然と秘密の場所へと向かってしまう。そして昨日で忘れたはずの彼の顔を思い浮かべている。
きっと私はとんでもなく悪い蜘蛛の巣に囚われてしまった、さして強くも美しくもない蝶なのだ。
彼には何もかもお見通し。逃げられるはずもない。だから今しばらくはこのまま心を囚われたまま
彼が望む男2人を手玉に取る悪女とやらを演じていよう・・・
(赤ちゃんの作り方・・・・いつか絶対教えてね、碇君)
そう呟いて、私は甘美な夢へと落ちていった。

おわり

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